なぜ、醤油一本でやるのか——つけ麺も、冷やしも、やらない理由

夕暮れの田舎道沿いに、ぽつんと建つ小さなラーメン店。窓からあたたかい明かりが漏れている

前の記事で、「うちは醤油ラーメン一本です」って書きました。味噌も、塩も、つけ麺も、夏の冷やし中華も、やらない。

で、「この戦略の話はまた今度」と言ったので——今日が、その今度です。

まず、うちの店の立地の話から

うちの店はね、正直に言うと、ちょっと田舎にあるんです。

町の中心地にある店なら、買い物のついでに寄ってもらえます。人通りがあるから、「ちょっと入ってみようか」が起きる。

うちには、それがない。つまり——「ついで」のお客さんが、いないんです。

ってことは、ですよ。

わざわざ食べに来てもらえるラーメンを、作らないといけないんですよ。「近くまで来たから」じゃなくて、「あのラーメンを食べに行こう」って、うちを目的地にしてもらうしかない。

僕の戦略は、ぜんぶここから始まってます。

中途半端にいろいろある店の、こわいところ

じゃあ、どうするか。メニューを増やして、誰でも楽しめる店にするか?

——僕は、逆だと思ったんです。

中途半端にいろいろある店ってね、あるようで、何もないんですよ。ぱっとしない、っていうか。「何でもありますよ」は、「何も特徴がないですよ」と、ほとんど同じ意味になっちゃう。

そして、いろいろある店同士の戦いになったら——僕ら個人店は、チェーン店に負けます。 値段でも、種類でも、勝てない。向こうは仕入れの規模が違う、メニュー開発の人数が違う。同じ土俵に上がった時点で、負けが決まってるんです。

だから、そこでは戦わない。

「このジャンルなら、ここ」になる

僕が目指してるのは、こういう店です。

「醤油ラーメンなら、あの店」って、頭の中にパッと出てくる店。

なんでもある店じゃなくて、これならここ、って言われる店。そうなれたら、うちみたいな田舎の店でも、わざわざ来てもらえる理由になるんですよ。ここでしか食べられないなら、そこに希少性が生まれる。希少性があれば、立地の悪さと、勝負ができる。

だから、醤油一本。つけ麺をやらないのも、夏に冷やしをやらないのも、ぜんぶこのためです。

完成直前の醤油ラーメンに、箸でていねいにトッピングをのせる手元

もうひとつ、大事な理由があるんです

……と、ここまでは戦略の話でした。でも実は、もうひとつ、理由があるんですよ。こっちは、職人としての理由です。

醤油ラーメンなんてね、どこの店にもあるんです。 ありふれたメニューですよ。

でも、だからこそ——一本に絞ることで、尖れるんです。洗練される、っていうか。

毎日毎日、同じ一杯を作り続けるとね、小さな変化の違いに、気づけるようになるんですよ。「あ、こう茹でることで、よりおいしくなるんだな」とか。「今日のスープ、昨日と何かが違うな」とか。

この「気づき」ってね、たくさんの経験が必要なんです。何度も何度も、積み重ねることでしか、気づけない。

もしメニューが10種類あったら、経験が10ヶ所に散らばるんですよ。醤油一本なら、すべての経験が、同じ一杯に積み上がる。 一日100杯作ったら、100杯ぶんぜんぶが、醤油ラーメンの経験値になる。

尖るって、そういうことだと思うんです。

三つの理由が、同じ答えを指した

整理すると、僕が醤油一本でやる理由は、三つあります。

  1. 戦略の理由——田舎の立地では、「これならここ」の店にならないと、わざわざ来てもらえない
  2. 職人の理由——一本に絞ると、経験が一点に積み上がって、味が尖っていく
  3. 数字の理由——前の記事で書いたとおり、余分な材料が出ない。廃棄が出ない。原価率31%

面白いのはね、この三つ、ぜんぶ別々の方向から考えたのに、答えが同じだったんですよ。お客さんの頭の中から考えても、自分の腕から考えても、お金から考えても——「醤油一本」に行き着いた。

こういうとき、その判断はたぶん、合ってるんですよね。

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも書いておきます。

「一本足打法って、リスクじゃないですか?醤油が飽きられたら終わりですよね」

——そのとおりです。うちは、醤油がコケたら、終わりです。逃げ場はありません。

でもね、逆に聞きたいんですけど。メニューを増やせば、そのリスクは消えるんでしょうか?

中途半端に手を広げて、どれも並の味で、チェーン店と値段勝負になって、じわじわ選ばれなくなっていく——僕には、そっちのほうがよっぽど怖いんですよ。しかも、そっちの死に方はゆっくり進むから、気づきにくい

一本足は、確かに危うい。でも、危ういからこそ、毎日磨くんです。 退路を断ってるから、真剣になれる。僕はそっちを選びました。

「夏に冷やしがないと、お客さん減りません?」

減るかもしれません(笑)。実際、夏はラーメン業界ぜんたい、きついんですよ。

でも、真夏にわざわざ、熱い醤油ラーメンを食べに来てくれる人がいるんです。その人はもう、「冷やしがないから別の店に行こう」とはならないんですよね。うちのラーメンを食べに来てるんだから。そういうお客さんを、一人ずつ増やす。それがうちの夏の戦い方です。

木のカウンターに置かれた、湯気の立つ一杯の醤油ラーメン

誰にも負けない一杯を

最後に、まとめます。

うちは田舎にあります。ついでに寄ってもらえる場所じゃない。

だから僕は、ここでしか食べられないラーメンを作りたい。「醤油ならあの店」って、誰かの頭にパッと浮かぶ店になりたい。

そのために、毎日毎日、同じ一杯を作って、小さな気づきを積み重ねてます。

誰にも負けないラーメンを作りたい。

——それが、僕の信念です。