「その値段じゃダメだ」——僕が、開店前に折れた話

ラーメン店の券売機のボタンのクローズアップ

失敗談を書きます。……と言いつつ、正確には**「失敗しかけた話」**です。実際には失敗してない。でも、あのまま突っ走ってたら、確実に失敗してたっていう話。

僕は、強気でした

開店の準備をしてたとき、僕はかなり強気の値段設定でいこうとしてました。

理由はあります。前の店で、それなりに結果を出してきた実感があったんですよ。十年やって、店長までやって、味には自信があった。

だから、こう思ってたんです。**「うまければ、多少立地が悪くたって、お客さんは来る」**って。

……いま書くと、なかなかの自信家ですね(笑)。でも当時は本気でそう思ってました。安売りする理由なんてない、と。

夜の営業後、カウンターに並んで座って話し込む、ふたりの後ろ姿

「いきなり強気の値段でやっちゃダメだ」

そんなとき、先輩の経営者の方から、はっきり言われたんです。

「それはダメだ。いきなり強気の値段でやっちゃダメ。まずは安くやれ。」

続きは、こうでした。

「安く設定して、たくさんのお客さんに来てもらえ。一年目で儲けることを考えるな。 まずはファンになってもらえ。ここのラーメンの味を、知ってもらえ」

……正直に言うと、その場ですぐ「はい、そうします」とはなりませんでした。だって、自分がやってきたことの積み重ねを、否定された気にもなりますからね。

でも、考えました。で、僕は——値段を下げることにしたんです。

にぎわうラーメン店のカウンター。お客さんで満席

結果、どうなったか

結果的に、うちは「安くておいしい」っていう評判をいただくことができました。それが、最初の土台になったんです。

今ならわかります。あの先輩が言ってたのは、値段の話じゃなかったんですよ。順番の話だったんです。

味に自信があるなら、なおさら「まず食べてもらう」ことが先。食べてもらわないと、その自信は、一円の価値もない。強気の値段っていうのは、まだ誰も味を知らない段階で、入口を狭くする行為だったんですよね。

「うまければ来る」——これ、半分正しくて、半分間違ってます。正しくは、**「うまいと知ってもらえれば、来る」**なんですよ。この「知ってもらう」の一段を飛ばしてたのが、当時の僕でした。

あのまま強気の値段でオープンしてたら、どうなってたか。お客さんは少なくて、評判も広がらなくて、「立地が悪いからだ」って言い訳しながら、じわじわ苦しくなってたと思います。——これ、失敗ですよね。 実際には起きなかったけど、確実にそうなってた。

それで、値段はどうなったか

続きも書いておきますね。

開店当初、僕のラーメンは700円台でした。先輩の言葉どおり、安く出したわけです。

そこから何年か経って、今は900円ほどでやってます。それでも、お客さんはちゃんとついてきてくれてます。

これが、あのときの答えなんだと思うんですよ。

先に「安くておいしい」で味を知ってもらったから、値段を上げても、お客さんは離れなかった。順番を守ったから、あとで上げられたんです。もし逆——最初から強気の値段でいってたら、そもそも知ってもらえないまま、値段だけ高い店になってた。

ちなみに正直に言うと、今の値段、もうちょっと上げてもいいかなとは思ってます。原価はどんどん上がってますからね。ただ、今は上げてません。あの「安くておいしい」で来てくれた人たちの顔が、まだちゃんと浮かぶので。

——ここは、僕がまだ答えを出せてないところです。いつか、値上げの記事も書くかもしれません。

信念を、一回だけ引っ込めた

このブログ、僕はずっと「自分のやりたいようにやる」って書いてきました。前の記事なんて、まさに「雇われ店長では、やりたいようにできないから独立した」って話ですからね。

でも、あのときだけは。自分の信念を、ぐっと一回、引っ込めたんです。

先輩の言うことを、聞いた。自分より長くやってる人の言葉を、素直に、受け取った。

……で、今になって思うんですけど。これ、僕がこのブログでさんざん書いてきた**「素直さ」**の話、そのまんまなんですよ。

僕は面接で「素直に受け取れる人が伸びる」って書きました。注意を素直に受け止められる人が伸びる、とも書きました。じゃあ僕自身はどうだったかというと——開店前の僕が、まさにそれを試されてたんですよね。

あそこで「いやいや、自分は今までやってきたのがあるから」って突っぱねてたら。僕は、自分がスタッフに求めてることを、自分ではできない人間だったってことになる。

折れるところと、折れないところ

だから今は、こう思ってます。

信念って、全部を貫くことじゃないんです。 どこを貫いて、どこを一回預けるか。その見極めのことなんですよ。

味への向き合い方、スタッフへの向き合い方——ここは、誰に何を言われても、たぶん変えません。それが僕の店の芯なので。

でも、「順番」や「やり方」の部分は、先を行ってる人のほうが、圧倒的に見えてる。ここまで意地を張ると、ただの頑固者になっちゃうんですよね。

あのとき折れられたことが、今のうちの店を作ったと思ってます。ありがたい話です。

——というわけで、「失敗しなかった失敗談」でした。でも僕の中では、これがいちばん大事な失敗談なんですよ。気づかなかったら、失敗してたことにすら気づかないままだったので。