「同じように作ったのに、味が違う」——僕が、ラーメン屋になった話

夜の厨房で、湯気の立つ寸胴の前に立つ店主の後ろ姿

今日は、ちょっと長くなりますけど、僕がなんでラーメン屋になったのか、という話をさせてください。少しだけ、個人的な話も入ります。

雇われ店長だった頃

僕はもともと、アルバイトでラーメン屋に入ったんです。そこから社員になって、気づけば十年ちょっと。最後のほうは、店長をやってました。

でもね、あるときから、違和感を感じるようになったんです。

自分の思うように、できない。

店長っていっても、雇われ店長ですからね。「こういうふうにやりたいんです」って言っても、「いや、お店の方針は違うから」って返ってくる。それが、何回も、何回も続く。

給料が悪かったわけじゃ、ないんですよ。むしろ、恵まれてたほうだと思います。でもあるとき、想像しちゃったんです。この給料をもらい続ける代わりに、やりたいことを一生できないまま、年老いていく自分を。

——苦しくなりました。ずっと心に引っかかるものを残したまま、おじいちゃんになっていくのか、って。このままいったら、僕はたぶん、一生後悔する。

だったら、やりたいようにやれる店を、自分で作ろう。それが、開業に踏み込んだきっかけです。

ところが、味が違う

で、独立して、最初に自分のラーメンを作ったときの話です。

十年やってきたんですよ?作り方は、体に染みついてる。同じように作れば、同じ味になるはずじゃないですか。

同じように作ったのに——味が、違うんです。 しかも、劣化してる。

「絶対こうやればうまくいくのに、なんでできないんだ」って、本気で悩みました。今なら、理由がわかります。

ひとつは、材料。店が変われば、材料もちょっとずつ変わる。その「ちょっとずつ」が、積もる。

もうひとつが、なんです。前にいた店は、すごい繁盛店でした。だから仕込みも、ドカッと大量に作る。でも独立したての僕は、少量しか作れない。で、これがね——量が変わると、味って、変わるんですよ。

カレーで例えると、わかりやすいんですけど。自宅で丁寧に作るカレーより、キャンプで雑に作ったカレーのほうが、なぜかうまかったりするじゃないですか。あれ、たぶん「大量に作ってる」からなんです。理屈は全部説明できないんだけど、大量に作った時の味って、確かにあるんですよね。

つまり僕は、レシピは持ってたけど、**「自分の店の、自分の量の味」**は、持ってなかった。

だから、試しました。試して、試して、試しまくって。——それで、今のうちの一杯があります。

カウンターに並んだ、スープの色が少しずつ違う試作のラーメンと、書き込まれたノート

手が震えた、最初の一杯

その、開業前の話です。

お店をオープンする前に、どうしても先に食べてもらいたい人がいて、店に呼んだんです。

僕の、大切な人。趣味を通じて知り合った、六つ上の人です。ラーメン業界の人じゃ、ありません。でも、いつも僕のことを心配してくれて、開業のときも、いろんな形でサポートしてくれた人。

その日、お客さんは、その人たちふたりだけ。

で、僕、ラーメンを作りながら——手が、震えてたんですよ。 十年作ってきたのに。何千杯、何万杯って作ってきたのに。緊張して、手が震えた。今でも、あの感覚を覚えてます。

うれしかったんですよね。この人に、自分の店の、自分の一杯を食べてもらえるのが。

その人はそれから、何回か、うちのラーメンを食べてくれました。

——その人は、もう、いません。

湯気の立つラーメンの丼を、両手でカウンター越しに差し出す手元

それでも、僕の厨房にいる

湿っぽくするつもりは、ないんです。ただ、これだけは書いておきたくて。

僕が「一生後悔したくない」って思って選んだこの店は、あの人がサポートしてくれた店です。僕が試して試して試しまくって作った一杯は、あの人が最初に食べてくれた一杯の、続きです。

だから今でも、厨房に立つとね、たまに思い出すんですよ。あの日の、手の震えを。

初心って、よく「忘れるな」って言いますけど——僕の場合、忘れようがないんです。初心に、人の顔がついてるから。

やりたいようにやる。ダメなことはダメと言って、いいものを出して、ちゃんと給料で返す。このブログでさんざん書いてきた、僕の細かいこだわりぜんぶ、たどっていくと、あの日の一杯に行き着くんです。

あの人に「相変わらず、ちゃんとやってるね」って思ってもらえる店で、あり続けたいんですよね。