「席、変わりましょうか」——日曜日の、小上がりの話

にぎわうラーメン店の店内。手前にテーブル席、奥に小上がりの座敷席

また、お店でいい光景を見たので、今日はその話をさせてください。

ありがたいことに、最近、お店がだいぶ混んできましてね。ある日曜日なんて、全部の席が埋まってたんです。

うちの店には、テーブル席と、小上がりがあります。小上がりっていうのは、靴を脱いで上がる、座敷の席ですね。あそこ、赤ちゃん連れの方には特等席なんですよ。赤ちゃんを横に寝かせられるから。

で、その日。小上がりには、年配のお客さんたちが座ってました。僕より、一回りくらい上の方たち。

そこへ、赤ちゃん連れのご家族が入ってきたんです。小上がりは埋まってるから、テーブル席に座りました。まあ、そうなりますよね。満席ですから。

そしたら——小上がりの方がね、その様子を見て、「席、変わりましょうか」って、自分から言ってくれたんです。

赤ちゃん連れのご家族は、小上がりに移って、赤ちゃんを寝かせて、ゆっくりご飯を食べることができました。

僕らは、何もお願いしてません

ここ、強調させてください。

お店側が「すみません、席の移動をお願いできますか」って頼んだんじゃ、ないんです。お客さんが、自分から、進んで、席を譲ってくれた。

しかもですよ。そのタイミングが——ちょうど、ラーメンをお出しした直後だったんです。

湯気の立つ丼を持って、荷物を持って、靴を脱いで、席を移る。これ、実は、けっこう面倒なんですよ。のびる前に食べたいのがラーメンですからね。それでも、赤ちゃん連れの姿を見て、パッと動いてくれた。

僕、厨房からそれを見てて——また、うちのお客さん、すごいなあって。

小上がりの座卓に湯気の立つラーメンが2杯。畳には赤ちゃんの毛布

「背中」の話をさせてください

で、今日いちばん書きたいのは、ここからなんです。

僕はふだんから、若いスタッフに「そういう人であってほしい」って思ってることが、いろいろあります。挨拶とか、返事とか、目の前の人に気づくこととかね。このブログでも、さんざん書いてきました。

でも、そういうのって、口で言うだけじゃ、届かないんですよね。結局、いちばん伝わるのは「背中」なんですよ。 言葉じゃなくて、やってる姿。だから僕も、若い人たちに、そういう背中を見せられる人間でいたいと、ずっと思ってきました。

で、あの日曜日ですよ。

僕より一回り上の方たちが、何も言わずに、スッと席を譲る。恩着せがましくもなく、当たり前みたいな顔をして。丼の湯気ごと。

——見せられちゃったんですよね、背中を。お客さんに。

ああ、これだよなあ、って。背中を見せたいって思ってた側の僕が、まんまと、教わっちゃった。年齢って、そういうことなんだなとも思いました。一回り上の人には、一回り分の、背中があるんですよ。

夕方の光の中、のれんをくぐって店を出ていく、年配のふたりの後ろ姿

お店の空気は、こうやってできていく

前に、お釣りを取り忘れたお客さんの話を書きました。あのときも思ったんですけど、今回、確信に変わりました。

お店の空気って、僕とスタッフだけじゃ、つくれないんです。 来てくれるお客さんが、一緒につくってくれてる。

席を譲ってもらったあの赤ちゃん連れのご家族は、きっと「いいお店だったね」って帰ってくれたと思うんです。でもそれ、うちの実力じゃないんですよね。半分は、あの小上がりの方たちの背中がつくった「いいお店」なんですよ。

だったら僕にできるのは、そういう光景が生まれやすい店で、あり続けることくらいで。

いつか僕も、どこかの店で、若い誰かに黙って席を譲れる、一回り上になれたらいいなあ、って。あの日から、そんなことを考えてます。