「採用は、確率論です」——それでも、僕が面接で"目"を見る理由
2026-06-15

前回は「伸びる人」の話を、その前は「見送った人」の話を書きました。今日は、採用そのものについて、最近思ってることを書かせてください。
正直に言うと、僕、最近こう思ってるんです。採用って、けっこう"確率論"なんじゃないか、って。
採用に、100点の正解なんてない
何年やってても、面接で人を100%見抜くなんて、できないんですよ。「この人はいける」と思った人が違ったり、ときにはその逆もある。人って、いい意味でも悪い意味でも、こっちの予想を超えてくる。
だから僕は、採用を「絶対に当てるもの」じゃなくて、「当たる確率を、できるだけ上げるもの」だと考えるようになりました。
そのために、いろんな質問をする。話を聞く。ひとつでも多く材料を集めて、確率を上げにいく。面接って、そういう作業なんだと思います。100点は無理でも、70点を75点に、80点に近づけていく。その積み重ねなんですよね。
それでも、僕が最後に見てるもの——「目」
で、あれこれ質問するんですけど。最後に僕がいちばん信じてるのは、実は、すごくシンプルなところなんです。
目が合うかどうか。
話してるとき、こっちの目を、まっすぐ見る人。これが、僕のなかでは大きいんです。
実際、「お、この人は目が合うな」と思って採った人は、ちゃんと残ってくれてます。一人、辞めた子もいるんですけど、それは高校を卒業して、次のステップに進むため。気持ちのいい、いい卒業でした。やっぱり、あのとき目を見て感じた直感は、当たってたんだなと思います。
「目が合う」って、何のサインなんだろう
じゃあ、なんで「目」なのか。自分なりに、ずっと考えてました。
僕にとって、まっすぐ目が合うっていうのは、「あなたの言うこと、ちゃんと受け取りますよ」っていうサインなんです。そしてもうひとつ、「自分の考えも、ちゃんと伝えたい」っていう気持ちの表れでもある。受け取る気と、伝える気。その両方が、目に出る。
これ、前に書いた「素直さ」と、根っこは同じなんですよね。受け取る気がある人は、目が泳がない。まっすぐ、向くんです。
逆に、それができない人は——これまでの記事に書いたとおりです。注意すると不貞腐れたり、人の意見を聞かなかったり、結局は自分のやり方で押し通そうとする。目が合わないことと、これ——多分、どこかでつながってるんじゃないかな、と思うんです。

いちばんやりがちな失敗——「淡い期待」で採る
で、確率の話に戻すと。僕がいちばん失敗してきたのは、決まって「淡い期待」で採ったときなんです。
たとえば、面接で元気がない人。でも、こっちが勝手に期待しちゃうんですよ。「最初は緊張してるだけかも」「慣れてきたら、本来の元気が出てくるだろう」って。
でも——だいたい、そのままなんです。
慣れても、元気は出てこない。「いつか変わってくれるだろう」っていう淡い期待は、たいてい、当たらない。これは、何度もやって、痛いほど学びました。面接で見えたその姿が、だいたい、そのままの姿なんですよ。見えてないものが、入ってから急に出てくることは、めったにない。
"当たり"を引くより、"外れ"を引かないこと
それと、これは確率の話で、どうしても言っておきたいことがあって。
いい人(当たり)を引けるかどうかも、もちろん大事です。でも僕は、それ以上に——"外れ"を引かないことのほうが、もっと大事だと思ってるんです。
一回、外れを引いちゃうとですね。その人ひとりの問題じゃ、済まないんですよ。周りのスタッフにまで、迷惑がかかる。そして何より、そういう人がひとり入るだけで、店の空気が、一気に悪くなる。
これ、きれいごとじゃなくて、本当に起きるんです。実際に外れを入れてしまったとき、それまで普通に働いてくれてた既存のスタッフが、僕のところに言いに来るんですよ。「あの人とは、一緒に働きたくないです」「同じ時間に入れないでください」「同じ曜日は、外してください」って。
そう言われるたびに、僕は内心、頭を抱えて「あちゃー……」ですよ。
そうなると、もう、シフトを組むのが地獄なんです。あの人とこの人は一緒にできない、この曜日は無理……って、パズルみたいになって、お店がまともに回らなくなる。たったひとりのせいで、ここまで変わってしまうのか、と。
せっかくいいチームができあがってても、たったひとりで、ガラッと変わっちゃうんです。だから僕は、「すごくいい人を採りたい」と同じくらい——いや、それ以上に、「合わない人を、入れないようにしたい」って思いながら、面接してるのかもしれません。前回まで"見送った人"の話を書いてきたのも、たぶん、ここにつながってるんですよね。
……と、ここまで言うと、こう思いますよね
ここまで書いてきて、自分でも「いや、でも」って声が聞こえてくるので、正直に書いておきます。
ひとつは、「目が合うかどうかだけで決めるの? 緊張して、目を合わせられない人だっているでしょ」っていう声。
これね、僕も考えました。でも、逆に聞かせてください。高校の推薦入試の面接で、緊張してるからって、ずっと下を向いてる子っていますか? みんな、緊張してるんですよ。それでも、ちゃんと面接官の目を見ようとする。先生との面接だって、そうですよね。緊張してるのは、みんな一緒なんです。条件は同じ。そのうえで、目を見られる人と、見られない人がいる。だから僕は、そこを見てるんです。
——とはいえ。これも、絶対じゃありません。本当に、目を合わせるのが苦手なだけの人だっているかもしれない。だから「目」は、あくまで僕が確率を上げるための"材料のひとつ"であって、それだけで全部を決めてるわけじゃないんです。最後は、いろんな材料をぜんぶ重ねて、判断してます。
そしてもうひとつ。「人を"当たり"だの"外れ"だの、失礼じゃないか」っていう声。
これは——正直、そのとおりです。失礼な言い方だと思います。何十人も面接してるうちに、いつのまにか、こういう見方が自分に染みついてしまった。便利だけど、冷たい言葉ですよね。ここは、僕自身、反省してる点です。人を"外れ"なんて、本当は呼びたくない。ただ、それくらい採用には店の運命がかかってる——っていう、気持ちの裏返しだと受け取ってもらえたら、と思います。

だから僕は、確率を上げにいく
こう書くと、なんだか冷たい話に聞こえるかもしれません。でも、逆なんです。
100%は無理。無理だからこそ、ちゃんと向き合って、質問して、目を見て、確率を一つでも上げる。これって、入ってくれる人のためでもあると思うんです。合わない場所で苦しむより、合う場所でのびのび働けたほうが、その人だって幸せじゃないですか。
一杯のラーメンを、安心して任せられる仲間に出会えるかどうか。それは、お店の未来そのものです。だから僕はこれからも、面接で、相手の目を、まっすぐ見るんだと思います。今日も「目が合う人」と一緒に働けてることに、こっそり感謝しながら。